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御言葉を土台に

今年もよろしくお願いします。

1年は365日。8760時間。日曜礼拝は52回。元旦礼拝が別の場合、会堂での礼拝は1年53回。1回の礼拝は1.5時間。1年79.5時間。1年の0.9%。平均すると1日13分程度になります。長い?短い?この時間で私たちの最も大切な部分が養われ、私たちの(永遠の)生涯が決まる、と思えばとても貴重な時間に思えます。いろんな事情で礼拝に出席できない方もあります。そんな場合「1日13分」を思い出して聖書に目を通して祈る、神様との交わりを大切になさってはいかがでしょう。しかし新年の最初に共に集い、礼拝を献げ、神様の語りかけに聞けますことを感謝します。とうことで、元旦礼拝はマタイによる福音書第7章24節〜27節から、「御言葉を土台に」と題してメッセージでした。

御言葉は聞いて行うもの

『それで、わたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう』。イエス様の有名な「山上の説教」の結論分、これまた有名な「岩の上に自分の家を建てた賢い人」のたとえ話。『これらの言葉』とはイエス様の言葉、聖書の言葉、神様の言葉、御言葉です。御言葉は聞くだけではなく行うもの。テレビでも「イイ話し」「ためになる話し」「健康」など題材にしたわかりやすい番組がたくさんあります。それを見て、聞いて、良い人になれるか?賢くなれるか?健康になれるか?肝心なのは、見たり聞いたりしたことを自分もやってみる、自分に習慣づける、ということではないでしょうか?どれだけ知識があっても、難しい話ができても、人間関係がボロボロだったり、生活が無茶苦茶では「宝の持ち腐れ」なのではないでしょうか。御言葉も同じ。単に聞いておしまいなら無視しているのと同じ、忘れているのと同じ、聞いていないのと同じなのではないでしょうか。

御言葉を聞いて行うは地道

『雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台としているからである』。『岩』は岩山や岩盤を指します。私が小さな頃、このたとえ話を題材にした「コロちゃんのお家」という紙芝居がありました。コロちゃんは熊で、いろんな動物がキャラクターとして登場しました。その紙芝居で一番印象的だったのが、岩の上に家を建てることの大変さでした。コロちゃんたちは汗を流しながら、材料を運び上げ岩をうがちコツコツと建設に勤しんでいました。今時「早軽短」「早軽安」「早軽楽」が求められますが、御言葉を行うとはその逆。時間がかかる。苦労もある。地味なことが多い。でもその苦労を厭わない喜びがある。びくともしない『自分の家』を建てるため。この世界でのマイホームではありません。永遠の私、私たち教会、神の国の建設です。「急がば回れ」と言われますが、御言葉に従う地道な営みを続けるなら、見返りとしては余りある最大級の喜びを得ることになるのです。

御言葉を聞いて行うは普段の生活

『また、わたしのこれらの言葉を聞いても行わない者を、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができよう。雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまう。そしてその倒れ方はひどいのである』。賢い人も愚かな人も同じように嵐に遭う。しかし土台で変わってくる。私たちは『御言葉を聞いて』行っても、『御言葉を聞いて』行わなくても、私たちを取り囲む環境は差ほど変わりありません。しかし御言葉を聞いて『行う』か『行わない』で私の状態は大きく変わってくるのです。この礼拝の後、家に帰ってどうするか?学校や職場でどうするか?で変わってくる。それが伝道。「伝道しなければ!」と拳を振り上げる必要はない。あなたの何気ない、普段の一言や一挙手一投足が伝道。御言葉を行うことで、まずあなたが変えられ成長する。自ずと周りに変化が及ぶ。神の国建設が進むのです。

土台は目立たない。しかし土台こそ大事。上物がいくら派手でも土台がなければ「砂上の楼閣」。派手が悪いというよりも、実を伴わないと意味がない、ということです。御言葉に聞く礼拝を大切に、そして御言葉を行う一週間を大切にしてまいりましょう。

1月6日(日)は青年祝福礼拝。伝道の書第11章9節〜第12章4節から、「あなたの若い日にあなたの造り主を覚えよ」と題してメッセージです。


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