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良い関係を築くために

2023年11月12日(日)

今、読んでいる聖書の箇所は、神様がイスラエルを通して世界中に神様の素晴らしさと祝福を伝え届けるという招きにイスラエルが応えた文脈の中に置かれています。そのためには何か特別なことをするのではなく、普段の生活が変えられていくことが期待されています。イスラエルの民も私たちも集団生活の中にあって、人を傷つけ、人に傷つけられることがあります。そんなとき神の民は。11月12日の礼拝は、出エジプト記21.12-36から「良い関係を築くために」と題してメッセージです。

神様が悲しまれ嫌われるもの

 ここには「必ず殺されなければならない」ものとして、殺人、誘拐、父母への肉体、言葉の暴力が挙げられています。それが過失の場合は、復讐を逃れる場所に行くことができますが、故意ならば自分の命で償わなければなりません。

私たちはすべての人が神様によって造られました。望まれて生まれてきた人も、望まれずに生まれた人も、神様はその誕生を望まれたのです。ですから自分勝手な理由で人の命を奪うことは許されていません。ただ「殺されなければならない」と刑罰を言っているのではなく、「それだけはやめて!」という神様の叫びがここには込められています。

人の命も、持ち物も大切にする

これらの定めは人の身体や持ち物を傷つけた人に対する罰則の面よりも、むしろ傷つけられた人の生活と命の回復の面に焦点が当てられています。傷つくと復讐に燃えたくなりますが、「目には目を、歯には歯を」、憎しみはここまで、と過度な復讐に走ることがないよう、怒りをストップさせることです。なぜなら復讐は復讐をうみ終わることがなく、自分自身がさらに傷の深みにはまってしまうからです。

御言葉に照らされるとき、この時代に生きていたら自分はどれほど神様にも人にも償わなければならないだろうかと思います。とても償いきれない。そんな私たちのためにイエス様はご自分の命を差し出し、償ってくださいました。今や私たちの罪は神様に思い出されないほど赦されています。

故意に、気づかずに、分かってはいたけれどやめられずに傷つけてしまう自分であることを認めて、自分の責任の中で償っていくことができますように。良い関係を築き続けるために。

11月19日(日)の礼拝は、出エジプト記22.1-17から「ともに生きるために」と題してメッセージです。


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